1歩ずつ

オイリュトミー「蝶たちのコロナ」3ヶ国語バージョン、大盛況のうち終えることができました。いらして下さった皆さま本当にありがとうございました。

7月のローマ公演後、8月から始まった3ヶ国語の作品作り、個人的に今回はとても充実した稽古を重ねられたという実感がありました。

ローマから来たalessandraがずっと稽古に付き合い、視線を送ってくれていたからかもしれません。

集まってなぜかずっと税金の話だけしていた日もあったりしたけど。それも含めて良い稽古期間を過ごせたと思います。共演者のみなさんには今回も本当にお世話になりました。

来年の「日本国憲法を踊る」でまた再会できるのが楽しみです。

ローマから来たアレッサンドラとは帰り道が同じだったので、よく話しながら帰りました。オイリュトミーは難しいね、でもstep by step で稽古して行くしかないよね、たとえテロがあってもね、と、昨晩は打ち上げからの帰り道でした。

稽古の邪魔にならないように気をつけて見学していた、という彼女の”存在”は自分の中で大きかったことを実感した夜でした。

そして舞台を見つめて下さる方々の視線もまた。。。

さてさて、今日からは12月の「雪月花」の稽古です。今度はソロ作品、群舞と違って孤独な道のりですがstep by stepで参りたいと思います。

雨ですが、みなさまも良い夜を!

「蝶たちのコロナ」ゲネプロ2回目

「蝶たちのコロナ」日独伊3ヶ国語バージョン公演が迫っている。
9月あたりから通し稽古はやっていたが、11月に入って今日は2回目のゲネプロ。
あと2回のゲネプロと、本番が1回。

2年前、日本語版上演時には24点あったテキストを、今回は6点にしぼり、日本語、ドイツ語、イタリア語の3ヶ国語で上演する。「上演する」というのはあくまでもひとつの角度から見たかたちであり、作品をつくっていく、という視点からとらえるならば、これらのテキストや音楽作品と、他の誰よりも仲良くなろうとする行為、というのか、テキストの内容と切っても切れない深い関係を持つ、もしくは、こういう言い方もできるだろうか、そのテキストによって体をつくっていく、というかなり私的な作業になる。理解しがたいがなんとも魅力的な憧れの人になんとか近づいて少しでも同じ空気を吸いたい、という気持ちと似ているかもしれない。それを別な角度から見ると「上演する」という上から目線な表現になる。

この公演で取り上げているルドルフ・シュタイナーの黒板絵からのテキストとも長い付き合いになった。日本各地、ドイツ、イタリアと各国語で上演もしてきた。しかしおそらくこれが最後になるのではないかと思う。

シュタイナーの存在は10代の頃から書店などで書影は見知ってはいたが、はじめて読んだのは、学生時代、バイトで知り合った東大哲学科の友人が「とんでもない本がある」といって紹介してくれた時だ。確かに誰にでも受け入れられる種類の内容ではないが、これほど興味の尽きないことが書いてある本にはなかなか出会うことができない。

「蝶たちのコロナ」で取り上げるテキストも、なんともミステリアスで魅力的でいながらも親近感を感じさせる憧れの先輩のような存在だ。その存在に、あと2回のゲネプロと1回の本番で、どれだけ近づけるのか、同じ空気を吸えるのか。しかし稽古の度に相手は新しい魅力を放ってくるのである。