10月2日

10月2日

午後、神田tetokaでTOJUさんの個展と映像作家・画家の石田尚志さんとの対談。(司会は生西康典さん。)今年の夏、思わず走り出さずにいられないほど、ものすごい色の夕焼けの日があった。刻々と色合いを変えてゆく光がやがて闇になり、事物から色を奪っていく。そして明け方の、影の集積でしかない景色に光が色を定着させていくさま。昼と夜はまったくちがう生き物が棲み分けている。光が与え闇が奪う。もっと襟を正して夜を、朝を迎えたいと思った日だった。

 

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9月30日 10月1日

9月30日

午後から稽古。和音の解析。必要にかられてやっていると少しづつ早くできるようになってくる。アルペジオ部分のインターヴァルをどういうまとまりで動きにするかいつも悩む。礒山雅著『バッハ=魂のエヴァゲリスト』を引き続き読む。

 

 

10月1日

買い物と料理。夜は稽古。アスベスト被害のニュースを見る。18世紀後半の産業革命から工業利用が本格的になり、1970年代に使用が規制され始めたアスベストだが、80年代以降も製造使用されていた。吸引すると約30年ほど経ってから悪性中皮腫などに罹患する原因となる。私の父もこの病気で亡くなっているので、アスベスト関連のニュースは注視せざるを得ないし、関わっている人たちも他人事と思えない。頻繁に使用されていた頃から数十年が経ち、今後さらに被害が増えてくると予想されている。

 

 

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9月29日

朝からクレーシュすみれへ。子どもたちのパワーに圧倒される。子どもたちの出す声は抑圧がないのと同時に遠慮もないので、澄み渡りながら切り込んでくる、するどい青空の中に放り込まれた印象。殺意のない真剣勝負がえんえんと続く、とでも言ったら良いのか。園の中はそんな音響空間。あっという間に数時間が経つ。子ども時代とはかくもエネルギーをまきちらしながら過ぎていくものなのかと驚嘆せざるを得ない。

羊毛クリーニング

9月27日

パソコン上のデータの整理と大量の洗濯物。『バッハ=魂のエヴァゲリスト』読む。生い立ちなどを知るにつけ、肖像画でしか知らなかったバッハが身近に感じられる。

9月28日

午前中クレーシュすみれで羊毛のごみ取り。長野県の羊の毛とのこと。羊の脂や排泄物がからまっているが悪臭というよりは懐かしい匂い。脂はべたべたするよいうよりワックスみたいでペタペタ、つるつるの感触。子どもも含め15人くらいで2時間半くらいで二頭分の羊の毛をクリーニングした。

9月26日

墓参りで武蔵五日市へ。緑が綺麗。午後から律香さんが甲府から国立まで来てくれてパルムグレン2曲練習。生演奏で練習できるのは本当に贅沢。公民館のグランドピアノがなかなか動かなくて館の人に移動を手伝ってもらうなど。その後、一度帰宅して仮眠。律香さんにお借りした『バッハ=魂のエヴァゲリスト』読み始める。

ファスビンダー映画祭2016前半

9月25日

昨日までのファスビンダー映画祭2016前半の余韻にひたった一日。『ファスビンダー、ファスビンダーを語る第2、3巻』の巻末に時系列に沿ったフィルモグラフィーがあり、鑑賞後役立ってくれる。「近親相姦を体験しないと、親と子供のあいだに権力関係が生じるんだよ。(省略)近親相姦がおこると、そうはならないだろ。子供が親と同じ高さに立てることになるからだし、そうなれば権力の問題はもうなくなる。」近親相姦に関するこんなポジティブな見解には初めて触れた。子供の頃から躁鬱病でシュタイナー学校に入れられたいきさつなど興味深い。

ファスビンダーは母親を自分の映画に出演させて対話したり、母親との関係がかなり成熟していると思う。10月の映画祭後半も是非足を運びたい。

2016年、夏から秋へ

6月のコルヴス【親愛なるアルトーさんへ】仙台公演、8月の《福島うぶすなフェス・よみがえりの風》、そして9月10、11日の両日に渡ってのコルヴス東京公演【親愛なるアルトーさんへ】と、それぞれ制作と出演という形で関わらせていただきました。どの公演も、多くの方のご支援、ご協力を得て無事に終えることができ、感謝の念に堪えません。仙台、福島、東京各地でお力添えをいただきました皆さま、ひいては足をお運びくださいました皆々さまに、心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

さて、今年は夏らしい風物詩の一つ一つを感じる間もなく、気づけば季節は秋。そんな秋の清浄なる風を肌に感じつつ、またまた楽しい企画がたくさん控えております。

 

▶︎▶︎神田TETOKAで約一ヶ月間行われる画家TOJU【とうじゅ】さんの個展

TOJU solo exhibition   RITUAL AND SHAPE FOR SPACE

2016年10月1日(土)〜23日(日) Tetoka 神田 http://tetoka.jp

toju

フライヤーのTOJUさんの言葉が素敵です。

 

大きな山かなと 思えたが 小さな山

遠い山かと 見れば 近くの山

高い山に 似ていたが 雲だった。

What appeared to be a big mountain turned  out to be a small hill

A seemingly distant mountain turned out to be a nearby hill

What looked like a high mountain was actually a cloud.     TOJU

 

会期中の週末にはTOJUさんと画家・映像作家の石田尚志さん、詩人の暁方ミセイさんとのトークショウ、ポエトリーリーディングが企画されている模様!詳細はこちら

 

▶︎▶︎中野テルプシコール 鯨井謙太郒初ソロ・ダンス公演『灰のオホカミ』

構成・振付・ダンス

鯨井謙太郒

初ソロ・ダンス公演

灰のオホカミ

二〇一六年十一月十一日〈金〉19:30  十二日〈土〉15:00

 

灰ノオホカミ。

トキハナタレル、色。

 

こちらも楽しみな公演です!詳細はこちら

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▶︎▶︎

そして私はクリスマスに向けて友人たちと作品を制作中!

 

それでは皆さまもお元気でお過ごし下さい。

人がバラを好むのは

 

人がバラを好むのは、

バラが、私たちの睡眠中に、

私たちの幼児期の最初の思い出を

受けとってくれるからなのです。

そのことを知らなくてもそうなのです。

 

ルドルフ・シュタイナー『遺された黒板絵』より

 

 

先日、東京調布市の神代植物園を訪れました。

折しもバラの開花時期、所狭しと咲き誇る大輪のバラ、バラ、バラ、、、

 

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連休明けとあってか家族連れの姿は見えず、ほとんどの来園客はシニア層です。

広大なバラのジャングルを背景に、人は童心に帰らざるを得ないのでしょうか。

バラの花が、その前に立つ人の幼い姿を映し出しすスクリーンの役割をしているかのようです。

咲き誇るバラを前にして、人は顔を近づけて香を嗅がずにいられないもの。

嗅覚を鋭敏にして深く息を吸い込むと、人は、何か遠くの記憶がよみがえるような、懐かしいものを見るような表情になるのです。誰もかれもがバラを介して微笑みかわす。その光景は一足先に天国に迷い込んだかのよう…。または天国シーンの映画撮影に迷い込んだか…

 

一度、花が語りかけてきたことがあります。父が亡くなり、火葬場の空きを待つ数日間、遺体とともに過ごした時のことです。

亡くなった後、2日目あたりに遺体の顔が生前以上に生き生きと輝いた時期がありました。不思議と肌がつやつやとあかるく輝いているのです。しかしそれは束の間で、物質に帰り始める「かげり」のようなものが、その頬にあらわれてくるまでにさほど時間はかかりませんでした。

そんな数日間を過ごした後、公演の稽古をしに、ある公民館へ出かけました。稽古を終えて帰るとき、ふと生けてある花の前で足を止めました。その時、花が私の中にスッと入ってきたのです。花がまるで人格をもった存在のように、私に言葉ではない何かを伝えました。私の中に花の存在が移動してきた、とでも言ったらよいのでしょうか。

そしてその時、自分の中のほとんどが「死」で占められ

ていることに気づきました。干からびかけた土に生命の水が流れ込んだような体験でした。

バラを見る時、冒頭にあげたシュタイナーの言葉が、なぞのように思い出されます。

 

 

 

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