すべての見えない光

本当に恐ろしい描写ほどさりげないものだ。

やり切れない、恐ろしい描写を読んだあとは、本を閉じて眠りに落ちると夢でうなされる。

このような部分。

“ここでは、囚人達は、町を直撃する砲弾の音を聞くよりも前に目で見る。前回の戦争中、エティエンヌの知る砲兵たちは、双眼鏡を覗き込み、空に上がる色で、自分たちの放った砲弾による被害を見てとることができた。灰色は石。茶色は土。ピンク色は肉体。”

また、以下の部分には非常に感銘を受けた。

“彼はツォルフェアアインで見た、老いて打ちひしがれた坑夫ことを思う。椅子や木箱に腰かけたまま、何時間も動かず、死にたいと思っている男たち。そんな男たちにとって、時間とは、うんざりする余剰でしかなく、樽から水がゆっくり抜けて行くの見つめるようなものだ。だが実際には、時間とは自分の両手ですくって運んでいく輝く水たまりだ。そう彼は思う。力を振りしぼって守るべきものだ。そのために闘うべきものだ。一滴たりとも落とさないように、精一杯努力すべきだ。”

“空気は生きたすべての生命、発せられたすべての文章の書庫にして記録であり、 送信されたすべての言葉が、その内側でこだましつづけているのだとしたら。

 彼女は思う。一時間が過ぎるごとに、戦争の記憶を持つだれかが、世界から落ちて消えていく。

 わたしたちは、草になってまた立ち上がる。 花になって。歌になって。”

アンソニー・ドーアの『すべての見えない光』 より

投稿者: izumi noguchi

野口泉 オイリュトミスト 武蔵野美術大学映像学科卒。 2002年より舞踏家笠井叡に師事、オイリュトミーを学ぶ。オイリュトミーシューレ天使館第三期及び舞台活動専門クラスを経て、愛知万博「UZUME」(2005)「高橋悠治演奏「フーガの技法とオイリュトミー」(2008、2010)、「ハヤサスラヒメ」(2012)、「蝶たちのコロナ」(2013、2014)、「毒と劔」(2015) など様々な公演に出演。放射能からいのちを守る山梨ネットワークいのち・むすびばとの共同公演「アシタノクニ」や、仙台・月のピトゥリとの人形劇(正確には”にんぎゃうじゃうるり”)「きつねおくさまの!ごけっこん」(2014)、シュタイナー農法研究会(「種まきカレンダーを読み解く」2014)などを開催。近年はシュタイナー系の幼稚園で幼児教育に関わる。また各地でオイリュトミーワークショップを行う。オイリュトミーに関わるイベントを企画する「レムニスカート」を主宰。 izumi noguchi のすべての投稿を表示

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