スウェーデン版「ミレニアム」

%e3%83%99%e3%82%b8%e3%83%9c%e3%83%bc%e3%83%ab

10月6日

朝から幼稚園。「大人はここに針がついた靴履いてる」と足の裏を指して言うので何のことだろう?と思ったけどハイヒールのことらしい。

10月7日

スウェーデン版「ミレニアム」を全3作見る。原作、ハリウッド版、スウェーデン版と全然別の作品として楽しめた。

スウェーデンにおける女性に対する暴力の割合は世界でもトップクラスであり、この小説はそのことをテーマにした作品である、というような前書きが原作小説にあったと記憶している。

作者のスティーグ・ラーソンは15歳のときにある女性の輪姦現場に遭遇しながら何もできず逃げてしまった罪悪感からこの作品を書いたらしい。その被害者女性の名前がこの小説の主人公「リスベット」だということだ。

最近、各々まったく関連のない人々が、一人の人間の別の姿を現しているように感じることがある。例えば50代の男性に会い、その次に4歳の子どもと会い、その次に80歳の老人と会うとする。そうすると、50代の男性の中に4歳の幼児が、80歳の老人の中に50代の時の姿が、4歳の幼児の中に80歳の老人の姿が見えてくる。60代と30代の女性が横に並んでいると、一人の女性の30代と60代の姿が同時に存在しているように感じる。これは最近読んだハーラン・エリスンの作品集『死の鳥』の中の数篇の影響だと思う。

『北緯38度54分、西経77度0分13秒 ランゲルハンス島沖を漂流中』という作品では、主人公が極小さくなり自分の体内に入っていくのだが、その体内は主人公の意識の世界であるという話。『ジェフティは五つ』は、周囲の人間が成長してもジェフティだけはいつまでも五才のまま、彼のラジオからだけは昔の番組が今も流れてくる、、、。

フィクションの世界が現実に影響を与え、現実がまたフィクションの世界を生み出す。二つの世界は複雑に入り組んで存在している。それならば現実の被害者の復讐を、創作されたキャラクターがやり遂げることもあるだろう。「ミレニアム」は3巻までを上梓し、作者は亡くなっているが、近頃別の作家が引き継いで4巻が出たらしい。生み出された物語が作者の没後も続いていくということが興味深い。