オイリュトミー版「日本国憲法を踊る」


今、4月28日の オイリュトミー版「日本国憲法を踊る」公演の稽古をしています。

「日本国憲法を踊る」は2013年の秋に笠井叡先生がソロダンス公演として踊られ,その後14年、15年と憲法記念日に再演されています。

私の中で2013年の初演は特別なもので、作品の内容もですが、会場の空気含めて、没時空的な体験として今も強烈な印象が残っています。終演後、「今作以上のダンス公演に出会うことは今後二度とないだろう」と、雨に煙る横浜の埠頭を眺めながら熱い涙を流した記憶があります。

さて、憲法改正の是非が叫ばれる昨今、私自身も、第二次大戦敗戦後、GHQが制定したとされる日本国憲法に対する日本人としてのアイデンティティーに少なからずゆらぎを感じる部分を否めずにいました。しかし昨晩、公演チラシが出来上がってきて、そこに記された笠井叡先生の文章を読み、そのアイデンティティー不在さを生み出している源泉がはっきりもし、自分がなぜこの時代に日本人として生まれてきているのか、ということに対しても自分なりの納得する答えを得ることができました。(この文章は非常に重要な内容だと思いますので下の方に書き起こしてあります。)

昨年末、オイリュトミー版「日本国憲法を踊る」の稽古が始まり、憲法を読めば読むほど、絶望と怒りがこみ上げてくるという経験がありました。なぜなら憲法を実際声に出して発声してみると、そこに掲げられている高い理想が一切実現されていない現状が、自分の声帯を通して身体的に迫ってきたからです。現代社会はむしろ急ピッチでこの理念と正反対の方向に転げ落ちて行っているというのに、なんなんだろう自分の発声しているこの現実味のない宇宙語のような文言は…という驚きに似た怒りと困惑。しかしその現実味のなさがむしろ「理念」としては現実味を帯び、自分の中で「存在」し始めたのです。

今現在の日本において、「自由・平等・博愛」という輝かしい理想を掲げるほど、人間の不自由さ、差別、憎しみといった影の部分が浮き彫りにされるだけであり、そんな理想を掲げることには何の実用的意味もない、誰も救われないし馬鹿げている、という立場に立つことの方が理にかなっているのかもしれません。しかし、はっきりしているのは、その高すぎると思われる理念に自分を引き上げて行かなければ今後自分自身が確実に堕落していくだろうということです。

さて、今回のオイリュトミー版ですが、出演者がぐっと増え、総勢22人が舞台上に会すこととなります。オイリュトミー公演の規模としても、このような機会はあまりないと思います。ぜひ会場に足をお運びいただければと思います。

天使館オイリュトミー・グループ公演

オイリュトミー版《日本国憲法を踊る》

□2016年4月28日(木)国分寺市立いずみホール

□前売り:2,700円 当日:3,000円

□開場19:00 開演19:30

□構成・演出/笠井叡

ご予約→info@akirakasai.com

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(チラシ裏面書き起こし)

日本国憲法の淵源を辿ろうとしますと、それはいつしか歴史とカラダの闇の中にまで入り込んでしまうほど、深いものでしょう。「自由・平等・博愛」という、人間の本性を、初めて憲法精神と結びつけたのは、モンテスキュー(1689~1755年)と言われています。モンテスキューが初めて少人数の仲間たちにこれを語って以来、その精神はやがてフランス人権宣言(1789年)や、或いはアメリカ合衆国憲法(1788年)を支えるものとなりました。しかしそこでは自由と平等は人間の権利と結びつき、高らかに謂われましたけど、「博愛」の精神は合衆国憲法にも人権宣言においても、盛り込まれませんでした。なぜなら、「無償で必要なところに必要なものをプレゼントする」という経済生活の根幹である「博愛」(完全な社会保障制度)が、もし憲法化されるならば、戦争など行うことは不可能になります。日本占領下のGHQのメンバーは、このフランスにおいても、アメリカにおいても実現されなかった、完全な理想主義精神を、この日本国憲法の中に実現しようとしました。ですからGHQが日本国憲法を作ったのではなく、それは歴史の地下水として流れている「自由・平等・博愛」の精神を、地上に引き上げるためのポンプの役割を果たしたのです。精神生活における自由と、国家・法生活における平等、経済生活における博愛は、単に社会生活の根幹であるだけでなく、人間のカラダを支える根源の法則であると言えます。今回、オイリュトミー公演において、日本国憲法を取り上げたのは、政治的な衝動からではなく、私たちの方だを支える衝動としてこの憲法を捉え、それを舞台作品として上演したいと思います。内容は、大日本帝国憲法(明治22年)から始まり、フランス人権宣言、古事記冒頭の国産みの神話、天皇による玉音放送を経て、昭和21年公布の日本国憲法にまで、カラダとコトバを通して、表出してみたい、と思います。 笠井叡

(敬称略)