世田谷パブリックシアター「高丘親王航海記」終演

年が明けてから京都で一週間、そして世田谷での数日間、夢の世界の住人でした。

舞台袖から出番を待つダンサーと、装置の移動や各種合図を送るスタッフの皆さんがそれぞれの定位置でスタンバイしているのが見え、

全てがとどこおりなく進行し、舞台に関わっている全員が自分の仕事を全うしている光景がとても美しかった。

 公演本番はもちろんですが、ご一緒させていただいたダンサーの皆さんが、踊りへどう向き合って来られたかが、リハーサルや劇場入りしてからの過ごし方のはしばしから伺えて感動しました。とても得難い経験をさせいていただき感謝です。

 

天井が素敵な世田谷パブリックシアター
京都ロームシアターから世田谷に運ばれる虎

世田谷パブリックシアターに向かう途中、何気なく考えごとをしていました。記憶と存在についてです。

例えば亡くなった人の思い出が薄れていくことを寂しいと感じたり、自分を薄情だと思ったりする感情があります。

ですが、もしかしたら「思い出が薄れていく」という視点は単なる言い方の問題であり、実は故人が個であることをやめて、太陽の光や、水や空気などの、いわば記憶という人間特有の時間軸から解放された存在となることだと捉えることもできる。

そこにあることが普通すぎて、別段気にもかけないようなものにこそ自分は絶対的に恩恵を受けているのだと思います。

時間から解放された死者たちの記憶によって成り立っている、この世界の不可視な部分。今回オイリュトミーでは水、風、火をモチーフにしたシーンがありましたが、そんなことも考えながら努めさせていだきました。

ご来場下さいました皆様、誠にありがとうございました。

バティックさんとの楽屋が楽しかった…!