人間の〇〇の力が…

シュタイナーの思想をなぜ追い続けているか、一言で言えば、自由を感じからだ。

人間の認識に限界がない、という記述がよく出てくる。

認識とは、という問題は置いておき、その「限界がない」ということについて事細かに、わかりやすく(根気よく読めば)、まさに、シュタイナー自身が根気よく説明してくれている。

人間は生を終えて死体となった時、地球の進化に寄与することができる、人間の死体から受け取る力を通して、鉱物は結晶する力を得ることができ、植物と下等動物は成長する力を得る、とある。

荒唐無稽な論であると感じる人も多いだろうが、どのような論が決定的に正しいのかといえば、それは検証できることではないだろう。何が正しいかより、どう生きたいかの問題だ。

私自身のことを言えば、このようなイマジネーションに触れた時、ココロが穏やかになるのである。

投稿者: izumi noguchi

野口泉 オイリュトミスト 武蔵野美術大学映像学科卒。 2002年より舞踏家笠井叡に師事、オイリュトミーを学ぶ。オイリュトミーシューレ天使館第三期及び舞台活動専門クラスを経て、愛知万博「UZUME」(2005)「高橋悠治演奏「フーガの技法とオイリュトミー」(2008、2010)、「ハヤサスラヒメ」(2012)、「蝶たちのコロナ」(2013、2014)、「毒と劔」(2015) など様々な公演に出演。放射能からいのちを守る山梨ネットワークいのち・むすびばとの共同公演「アシタノクニ」や、仙台・月のピトゥリとの人形劇(正確には”にんぎゃうじゃうるり”)「きつねおくさまの!ごけっこん」(2014)、シュタイナー農法研究会(「種まきカレンダーを読み解く」2014)などを開催。近年はシュタイナー系の幼稚園で幼児教育に関わる。また各地でオイリュトミーワークショップを行う。オイリュトミーに関わるイベントを企画する「レムニスカート」を主宰。